かもつぶ。

かものはしのつぶやきなので、かもつぶ。

縁の下のバイオリン弾き

昨日、出がけに受け取った荷物の1つは書籍小包だった。

青心社というあまり憶えのない社名になんだろうと思いながら、
リュックに放り込んで出かけた。
出先でそのパッケージを開けると、それは友人の新刊本であった。
『縁の下のバイオリン弾き バンドマン遠山新治の物語』
サブ・タイトルは〜Fiddler In The Shadow〜。
作者は上田賢一という。

上田賢一は大阪在住のノンフィクション作家である。
長いこと、放送作家をやりながら数冊の本をまとめた。

阪神タイガースから見た野球史『猛虎伝説』を集英社新書から。
また、一昨年、長いこと紆余曲折して何度もお蔵入りした
『上海ブギウギ1945 服部良一の冒険』をついに音楽之友社にて上梓した。
上海での服部良一の活動。
租界でブギウギをやっていた服部さん。
あまり知られないこの時代の彼を、生前の取材、家族、関係者、中国での友人たちにまで導かれるようにして丹念に話を拾い、この本は書かれていた。
すこぶるおもしろい、音楽というジャンルを越えたドキュメンタリーだと思う。いつまでも本棚に残しておきたい本の1冊。

この上田賢一氏、放送作家のほかに作詞家としてもときどき見かける。
中川イサトの『お茶の時間』というアルバムなど、ほぼ全曲、キンタ(と、知ってる人はみなこう呼ぶのだった)の作詞であるし、憂歌団にも書いている。
ウルフルズがカヴァーした日本語ヴァージョンの『サマータイム・ブルース』は、元々、大阪にいたごまのはえというバンドのヴァージョンで、その訳詞もキンタ。

まあ、余談はさておいて、そのキンタの新刊は大阪在住作家らしい着眼、注目の仕方で成り立っている。
タイトルにある「遠山新治」なんてバイオリニストを知ってる若い人はかなりのマニアかもしれない。この遠山さん、現在は昭和プロダクションという芸能プロの名物社長なのだ。 ここは浜村淳キダ・タロー中村鋭一近藤光史がいるプロダクション。ほんま浪花なプロダクションだなあ。

実に、この社長は戦前から戦後にかけて、トーキーの音楽録音を振り出しに、まだ音楽とダンスが求められていた色香がウリではないダンスホールのタンゴの楽団員となり、ホール・バンドのバイオリニストとして売れっ子になる。大陸にも渡り、召集から生きて帰り、今度は放送と労音などの仕事をしながら、常に先端の仕事場で活躍してきた人だそうだ。ただし、クレジットなしで。
唯一、知られているのはオルケスタ・ティピカ・スールという自身のタンゴ・バンドを率いたときなのだが、このタンゴバンドは盤を残さなかった故に伝説の日本最高峰のタンゴバンドと言われている。

とまあ、その88歳で現役の社長の音楽の歴史をひもとく本。
特に前半から半ば過ぎまでの、日本のポピュラー音楽の歴史ともいえる、そうしたダンスホールや映画音楽の、当時の実情が分かるあたりがおもしろい。
音楽という一つの視点を通して、当時の現場を知る人の貴重な証言資料。それでいて、立志伝中の人という祭り上げでもなく、淡々とこの遠山さんのしてきたことが書かれている。
インタビューを元にしているのだろうけれども、その一人語りはほとんど登場しない。それゆえに、彼の人生と共にあったその「時代のおもしろさ」が浮き立ってくる。
しかもこの音楽シーンが、東京のことではなく大阪を中心にした関西のシーンだから貴重でありかつユニークだ。
関西に根を下ろしている作家だからこその本なのである。


あー、っと言う間に読んじゃった。
ま、薄い本だってのもあるけれどもね。
風呂読み、でござる。
風呂に入りながら読めちゃうんだよなあ。
でも、おもしろかったな。